古代史新聞 1月号

縄文時代から古墳時代にかけての主要なニュースは特にありませんでした。
(新聞の地方版に掲載されたニュースは除く)


古代史新聞 12月号

12/20
日本経済新聞より
弥生時代前期の
環濠集落跡発見

和歌山、太田・黒田遺跡

 和歌山市太田の太田・黒田遺跡で弥生時代前期(紀元前三世紀)の二重の環濠跡が見つかり、同市文化財室などが十九日、発表した。
 これまでに北西側で見つかったものと合わせると推定の長さは約150メートル、集落の幅は200メートルほどになり、板付遺跡(福岡市)、綾羅木郷(あやらぎごう)遺跡(山口県下関市)などとならび、弥生前期としては国内最大級の環濠集落と分かった。
 また、内側の環濠に幅約10センチの木材がこう配に沿って、50〜60センチ感覚で打ち込まれているのが全国で初めて確認された。


12/19
日本経済新聞より
弥生時代の鯨骨製剣

鳥取・青谷上寺地遺跡

 鳥取県青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡で、同時代のものとしては珍しい鯨の骨で作った剣の模造品やほぼ完全な琴などが見つかり、十八日、同県埋蔵文化財センターが発表した。約二千年前のもので祭祀に使ったとみられる。鯨製の剣は長さ28センチ、最大幅4センチ。細形銅剣を精巧に模している。剣の模造品はほとんどが木製で、鯨の骨製は初めて。
 琴はスギ製。長さ31センチ、幅13センチ、高さ6センチの共鳴箱と、長さ40センチ、幅10センチの琴板(こといた)からなる。琴板の一端をのこぎりの刃のように加工、弦を張ったとみられる。琴柱(ことじ)と弦はないがほぼ完全な形。


12/7
日本経済新聞より
金銀装飾の大刀が出土

島根・木次町 下布施横穴墓群

 島根県木次町の下布施横穴墓群の一号横穴墓から、柄頭(つかがしら)の部分などに金銀の装飾が施してある七世紀前半ごろの大刀(たち)が出土したと、木次町教委が六日、発表した。
 大刀は長さ71センチ、刀身部分が長さ57センチ。さやはなく、柄頭に薄い金板や銀板が巻いてあるほか、銀が塗ってあるところもある。柄の部分には糸がらせん状に巻いてあった。
 一号墓の大刀は遺体を安置したらしい黒く変色した土の上にあり、同町教委は「痛いの上に抜き身の刀を置いたのではないか」とみている。一号墓からはこのほか土師器(はじき)のかめやイヤリングなどが出土した。また五号墓からも大刀が出土したが、金銀の装飾はなかった。
 現場を見た田中義昭・元島根大教授(考古学)は「出雲の鉄生産を押さえようと考えていた朝廷に貢ぎ物を贈った見返りとしてもらった刀ではないか。この時期すでに出雲の山間部まで朝廷の統治体制に組み込まれていたことのあかしではないか」と話している。



古代史新聞 11月号

11/22
日本経済新聞より
木製「飾り台」出土
古墳時代 馬の祭祀に使用か

大阪・四条畷 鎌田遺跡

 大阪府四條畷市中野の鎌田遺跡から古墳時代中期(五世紀初め)の「飾り台」状とみられる木製品が見つかり、市教育委員会が二十一日発表した。同地域は古代の馬の飼育地として知られており、市教委は馬に関連した祭祀で刀などを載せるのに使ったのではないかとみている。飾り台は傘状の台(直径26センチ、高さ12センチ)と、その上に差す棒(最大径5.5センチ、高さ47センチ)、添え木(長さ14.5センチ、幅4.8センチ)、それに物を載せるよう繰り込みがつくられた板(縦16.3センチ、横25センチ)の四つの部材。台と棒が添え木と板が、それぞれ組み合わさって1メートルほどの範囲で見つかり、同市教委は四つが一緒だったと判断した。組立式の祭祀道具は初めての発見という。


11/18
日本経済新聞より
キトラ古墳・山内丸山遺跡
原の辻遺跡 特別史跡に

黒塚古墳は史跡に

 17日の文化財保護審議会では、千五百年間続いた縄文時代前・中期の大規模遺跡「山内丸山遺跡」(青森市)など、特別史跡の新指定三件を含む22件を史跡名勝天然記念物に指定するよう大島理文相に答申した。
 特別史跡は山内丸山遺跡のほか、白虎などの四神図と天文図が古墳内部の壁と天井に描かれた「キトラ古墳」(奈良県明日香村)と、土器や青銅器など多量の大陸系文物が発掘された弥生時代を代表する大規模環濠集落の「原の辻遺跡」(長崎県芦辺町・石田町)。
 また、初期大和政権の中心地に築造され、33面の三角縁神獣鏡が見つかった「黒塚古墳」(奈良県天理市)など12件を史跡に指定するよう求めた。 


11/17
毎日新聞より
最も豪華な縄文の墓
「階層」の解明へ手がかり

北海道恵庭・カリンバ遺跡

 北海道恵庭市のある「カリンバ3遺跡」で昨年発見された縄文時代後期(約3000年前)の墓が、1人で8点もの漆製のくしを身に着けた被葬者が埋葬されるなど、全国でも例のない豪華な副葬品を持つ縄文墓であることが分かった。16日、同市教育委員会が発表した。当時の工芸水準の高さを示すとともに、縄文時代の階層の有無を解明する上で貴重な発見といえる。
 調査は、同時期の墓38基のうち3基を現地で切り取って移送し、埼玉県川口市にある民間の文化財保存会社で行われた。
 墓3基(最大長径約1.7メートル、深さ約1メートル)から見つかった副葬品は昨年確認されたものも含め、漆製品75点・玉310点・サメの歯10点など。このうち漆製品はくし28点をはじめ、国内での出土例がない腰飾り帯2点、髪飾りの輪10点、腕輪22点などだった。佐藤幾子調査員によると、1人でくし8点や、腕輪4点を身に着けた被葬者もおり、縄文墓からの漆製品も出土としては最多。また、漆の色も紅、朱、ピンク、オレンジ、黒の最低5色の使い分けが見られ、高度な技法という。
 3基の墓は合葬墓といわれ、それぞれ4人、2人以上、5人程度が埋葬されていたらしい。他の三十数基の墓は1人ずつの埋葬で、副葬品も1〜数点と、合葬墓との差が大きい。このため、豪華な副葬品を伴う被葬者の役割などの分析が進めば、縄文時代の社会階層の有無の解明につながる可能性がある。
 同遺跡は昨年、道路工事に伴って発掘が始まった。縄文から近世アイヌ期までの長期にわたる遺跡と分かり、これまでに墓だけで約2000基の存在が推定されている。
佐原真・国立歴史民俗博物館館長の話
 これほど豪華な縄文の墓は初めて。これだけの副葬品はだれもが身に着けることはできず、埋葬されたのがだれか興味深い。みんなが平等といわれてきた縄文の社会だが、最近は「階層分化があった」という説も出ている。そうした階層の有無の解明に欠かせない遺跡だ。


11/15
日本経済新聞より
縄文早期の竪穴住居跡

奈良・吉野川流域で初

 西日本で初めてストーンサークル(環状列石)が見つかった吉野川流域の宮の平遺跡(奈良県上川村)を発掘調査している県立橿原考古学研究所は14日、縄文時代早期(九千〜八千年前)の竪穴住居跡と、食事の煮炊きに使ったとみられる屋外炉の穴が見つかったと発表した。
 吉野川流域から縄文時代早期の遺構が見つかったのは初めて。近畿地方とその周辺地域からこの時代の住居跡がまとまって出土したのも珍しい。
 発掘調査では、吉野川に面した岸の斜面から約六十基の穴が見つかった。このうち十五基は直径三〜五メートル、深さ六十センチの円形またはいびつな円形をしており、穴の中から煮炊き用の土器や石皿、石の矢じりなどの石器類が出土。これまでに見つかった他の地域の住居の形態からみて竪穴住居と判明した。
 見つかった土器は今から九千年前の大川(おおこ)式と呼ばれる土器と、八千年前の高山寺式という土器で、橿原考古学研究所は、約千年間にわたって使われた長期に及ぶ定住跡と推定している。このほか、住居の近くから屋外炉とみられる拳(こぶし)ほどの大きさの石を集めた「集石遺構」の穴が一基見つかった。これらの石は炎があたった跡があり、煮炊き用に使われたらしい。他の穴は何に使われたのかは現時点では特定できないという。


11/4
日本経済新聞より
埋葬施設に12本の柱跡

奈良・桜井のホケノ山古墳

 最古の前方後円墳とされる奈良県桜井市のホケノ山古墳(全長約80メートル)の石で囲われた木槨(もっかく)内の埋葬施設に、12本の柱が立てられ、木棺を安置した床には三本のまくら木が埋め込まれていたことが分かった。
 発掘調査していた県立橿原考古学研究所が三日開かれた公開講演会で発表した。柱は積み石を載せた天井板や木槨の側板などを支えるためとみられ、前方後円墳の埋葬施設がどのように作られたかを知るうえで貴重な発見という。
 同古墳の埋葬施設は、今年三月の調査で、木材で構築した木槨部分の周囲を石を積み上げて囲うという類例のない二重構造の「石囲い木槨」と判明。三世紀中ごろに築造された最古の前方後円墳とみられている。「石囲い木槨」とよく似た埋葬施設には朝鮮半島の蔚山(うるさん)中山里墳墓群(2〜5世紀)の木槨墓などがあり、当時の大和と朝鮮半島南部の文化的な共通性がうかがえるという。
 木槨は長さ約6.5メートル、幅2.5メートルと確認され、四方と東西に一ヶ所ずつ計六ヶ所の柱跡、その内側に木棺を囲むように六ヶ所の柱跡が見つかった。
 外側の柱は槨の側板(厚さ約10センチ)を挟み込んで支えたとみられる「添え柱」、内側の柱は積み石などの上からの重さに耐えられるように天井板を支えるために立てられた柱と推定される。
 柱跡は直径20〜30センチ、深さ40〜60センチで、柱だけでなく柱穴にも朱が残されていた。


11/1
日本経済新聞より
翼を広げた鳥形木製品

奈良・橿原で出土

 奈良県橿原市の四条遺跡を発掘調査している県立橿原考古学研究所は31日、四条九号墳(五世紀後半〜六世紀前半)から翼を広げた完全な形の鳥形木製品が出土したと発表した。鳥形木製品はこれまでも出土しているが、翼のある木製品が古墳から出土したのは初めて。古代では鳥は死者の魂を運ぶとされており、古墳での葬送儀礼などを知るうえで貴重な資料になるという。
 鳥形木製品は頭部から尾までの長さが約90センチ、翼が約1メートルで、翼と尾の幅はそれぞれ18センチ、17センチ。大型の鳥を模しており、頭部は球形、胴体は円柱形、尾は先が開いた形。翼の部分は胴の中央部に水平に開けられた横長の穴に差し込まれていた。胴体と翼がクロスする中央部分には方形の穴が開けられており、この穴に柄を固定して地面に立てていたとみられる。