南海の邪馬台国殺人事件 または 不可思議島の決闘
インターネット版 鴫沢遊児
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・この小説では、最後の一行が大変重要な意味合いを持っています。
最初から通してお読みになるようお願いします。
・まだ魏志倭人伝をお読みでない方は先に読まれることをお奨めします。
プロローグ
南海の孤島、『不可思議島』は、奄美大島の南南東、南大東島との間にある無人島である。
周囲一キロにも満たない、小さな島だ。
『不可思議島』には、その名前の由来となっている不可思議な現象がいくつかある。
ひとつには、この島付近に来た奄美の漁師の船が濃い霧に包まれて行方不明になってしまうことが度々あったり、 また、高山もない島のいたる所で、真水に近い地下水が湧いているということがあげられる。
この島に到着した四人の男女は船を下りると、『不可思議古代研究所』へ向けて歩き出した。
「話には聞いていましたが、天田さんて、ほんとにすごいんですね」
一番若く背の高い、ポロシャツ姿の御子柴二郎が、先頭を歩く白いブラウスにジーンズ姿の女性に話しかけた。
「私じゃなくて、父が残したものですから・・・」
ロングヘアーにサングラスをかけた、天田敬子は後ろを振り向かずにこたえる。
「でも、島一つが自分のものなんて、本当うらやましいですよ」
今度は一番後ろを歩いていた髭面に縁なしめがね、黒っぽいジャケットを着た斉藤芳夫が、青い空を見上げながら言う。
「敬子さんのお父上はそれは立派な歴史学者だったが、財テクにも才能があったんですよ。まあ、もともとかなりの資産があったらしいが、ねえ、敬子さん」
真っ白なスーツにパナマ帽をかぶった、いかにも南の島に遊びに来たといういでたちの男、矢島浩志がなれなれしい口調で言った。
だが、敬子はそれに答えず、ただ足を早めた。
すぐ前で矢島が舌打ちをしたのを斉藤は聞いた。
「さあ、着いたわ」
敬子が指さす先に、白くて大きな四角い建物があった。
「今日明日、よろしくお願いします」
矢島があらたまって言うと、御子柴も、斉藤もそれにならい、頭を下げた。
玄関では、準備のために先乗りしていた私、如月忍が出迎えた。
「お待ちしていました。準備は万端です。私はここで消えますので、後はよろしくお願いします」
この不可思議島は、今から約百年前、鹿児島に住む敬子の曾祖父、天田源十朗がたばこや造船などの事業の成功を元手に手に入れたものであったが、 鉱物や植物などの資源価値がなにもないことや交通の便の悪さから、そのまま一世紀もの間ほったらかしの状態であった。
当の敬子でさえ、二年前、父の源一が癌で亡くなって、はじめてその存在を知ったのである。
相続の段階で処分することも考えたが、敬子は実業家であり歴史学者であった父の日記の中に、ある言葉を発見してそれを思いとどまった。
そこには次のように書かれてあった。
「喜界島の長老に聞いた話だが、不可思議島には、古くからの言い伝えがある。もちろん今は誰も住んでいないのだが、 古代、島が今よりもかなり隆起していた時代、周りの海にもいくつかの島が頭を出していた。そこには数千人の人々が住み、中心である不可思議島に呪術使いの女王がいて、 皆から『鬼姫様』と呼ばれ畏れられていたという。もしかしたら古代史上の大発見があるかもしれない。私はもうこの先長くはない。是非後輩たちにその調査をお願いしたい・・・」
敬子が私のところへ相談にやってきたのは今から一年前のことだった。
母を早くに亡くし、父の死で身寄りの無くなった敬子は、その莫大な遺産の中から十分すぎる資金をこの研究に注ぎ込むことにし、 この無人島に研究所を建てたいと言ってきたのであった。
彼女は、ゆくゆくは不可思議島を一大レジャー基地にしようという思惑もあったのだが、 当面はこの研究をあまり公にしたくなかったこともあって、学生時代に共に演劇サークルに参加し、 建築学を専攻していた私のことを思い出して、今回の事業を任せてくれることとなった。
そして活動的な彼女は自ら船舶免許を取得し、島への行き来のために大型ボートも購入したのであった。
私の方はといえば、建築関係の仕事に就いていたわけではなかったが、長年暖めてきたアイデアを活かすチャンスが与えられ、二つ返事で引き受けることになった。
まずはじめに、業者を選択するところから慎重を期した。
敬子の意向もあって、彼女の名前は出さずに直接私が建設業者を決め、交渉に当たった。
最初に桟橋を造ることから始めた。 50人乗り程度の船が停泊できる頑丈なものを造るのに2ヶ月ほどを要した。
そして次の問題は、生活する上で不可欠な水と電気の確保であったが、水は地下水を濾過して使うこととし、 電気については太陽光発電と、風の強いことを利用して風力発電を併用することにした。
ソーラーパネルは建物の屋根全面に設置し、風力発電機は島の南端の崖の上に3機立てた。
季節に関係なく吹く強い風により、通常でも風力発電機2機だけで十分間に合うほどの電力を確保できる計算で、 実際運転初日には、プロペラの回転の勢いに、島が北上してしまうのではないかと思うほどであった。
建物の方は地下一階・地上一階の二層になっている。 低層建築にしたのは、この島が台風の通り道にあたるからだ。
地下は公開説明会などで来島した人たちのために造ったのだが、この島の地質を調べることも兼ねていた。
地下水のため作業は難航したが、敬子の予想どおり、縄文期から弥生期にかけての土器もいくつか見つかっている。
地下室はホテルのようなレストランやアミューズメント施設はないが、ゆうに30人が宿泊できるだけの大きな部屋で、 シャワールームとトイレ、自炊用に大きな冷蔵庫のあるキッチンも備えた。
また、プライバシー確保のため地下から一階へは、玄関ホールに出なければ行き来できないようにした。
一階は、大きくはリビングダイニングと研究用の部屋に分かれている。
玄関ホールから続くリビングには大きな丸いテーブルがあり、その周りにイスが6脚置かれている。 奥にはキッチンがあってバーカウンターもくくりつけられている。
研究用の部屋は全部で8部屋あり、うち6部屋が研究用個室で残り2部屋が会議室と資料室になっている。
個室は数日閉じこもってもいらいらすることのない程度に十分広く、それぞれに机に椅子、大きめのベッド、シャワーにトイレ、簡単なキッチンがあり、敬子の趣味で熱帯魚の入った水槽も置いてある。
また建物の外壁と内部の部屋との間には、廊下をめぐらした。そのため一階の各部屋からは直接外は見えないのだが、集中するのには適しているようである。
このような造りにしたのには、出土品など、湿気や気温の変化に弱いものを空調により保護する目的もあり、 自家発電の電力のほとんどをこの空調設備と地下水の汲み上げ濾過に使っていると言っても良い。
この建物で一番変わっていることと言えば、リビングはもちろん、各部屋の壁に多くの丸い鏡がかけられていることであろう。