第3章 狗邪韓国〜伊都国 MAP
 
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 このルートはほとんどの説で一致しているといえる。
 ただ、私はこの狗邪韓国からのスタートが
 邪馬壹国への水行10日・陸行1月の始まりだと考える。

 古田説では対馬の南島や壱岐の島の半周を
 陸路でそれぞれ方四百里・方三百里として計算し
 結果的に不弥国に接するように邪馬壹国を比定することになる。

 私は対馬や壱岐では海岸線沿いに進んだとして
 厳密にどれだけの里数を島内で要したのかは記述を避けたい。

 私は狗邪韓国から末廬国まで、水行9日とする。
 これは当時の航行能力(丸木船で時速3キロ・造船学松木氏)
 からして、準構造船でも十分説得力のある日数と
 いえるのではないか(野生号の例もある)
 詳しくは最近の研究を参照下さい。

 古田説では通説の伊都国付近に奴国が
 奴国付近に邪馬壹国があったとしている。
参考:古田武彦 「邪馬台国はなかった」


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